バルセロナ

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バルセロナ

バルセロナはスペイン北東部に位置するカタルーニャ州の州都で、バルセロナ県の県都です。 スペイン最大の港湾都市でスペイン第二の都市です。

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バルセロナの周辺地図

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バルセロナとは

Barcelona

バルセロナの市旗   バルセロナの市章

Barcelona intro.jpg
Flag of Catalonia.svg カタルーニャ州
バルセロナ県
面積 100.4km²
標高 12m
人口 1,605,602人(2006年)、第2位
人口密度 15,922人/km²
住民の呼称 {{{住民の呼称}}}
バルセロナの位置
北緯41度22分57秒 東経2度10分37秒 / 北緯41.3825度 東経2.17694度 / 41.3825; 2.17694

バルセロナBarcelona、カタルーニャ語の発音では[bəɾsəˈlonə] バルサローナ)は、スペインの首都マドリードに次ぐ第二の都市である。

スペイン北東部に位置するカタルーニャ州の州都で、バルセロナ県の県都でもある。地中海沿岸に位置する港湾都市で、フランスとの国境であるピレネー山脈から160km南に位置する。カタルーニャ州及びバルセロナ県のいずれにおいても、人口の大半を占めるプライメイトシティ(一極集中型都市)である。行政市としては約160万人の人口を有し、バルセロナ都市圏全体では約300万人の人口を有する。14世紀に建設された城塞を起源とする旧市街と、1859年の大拡張計画によって建設された碁盤の目のように正方形の街区が並ぶ新市街からなる。都心部では人口が減少し、周辺部や都市圏外に流出しており、ドーナツ化現象に脅かされている。

1992年にはバルセロナオリンピックの開催地であった。2010年、アメリカの外交専門誌フォーリンポリシーにより、バルセロナは世界第26位のグローバル都市に選ばれている[1]。 また、比較的低廉な賃金水準と地価を背景として外国資本が進出している。 バルセロナには、日産自動車の生産拠点が設けられている。

目次

  • 1 歴史
  • 2 観光
  • 3 交通
  • 4 スポーツ
    • 4.1 サッカー
    • 4.2 バスケットボール
    • 4.3 ハンドボール
  • 5 ギャラリー
  • 6 姉妹都市
  • 7 脚注
  • 8 関連項目
  • 9 外部リンク

歴史

伝説によれば、ハンニバルの父であるハミルカル・バルカが、カルタゴ人都市であるバルチーノを建設したという。後に、ローマ人がこの町を、現在の市庁舎(Sant Jaume 宮殿)近くの小さな丘である Mons Taber を中心とするカストルム(ローマ軍の宿営地)に作り替えた。ローマ人の都市計画の名残は、旧市街の地図や今も残るローマ時代の城壁の破片に見ることができる。ローマ時代の重要な遺物は、市立歴史博物館の入口にある del Rei 宮殿に展示されている。この街は5世紀より西ゴート王国の支配下におかれたが、8世紀初頭にイスラーム勢力のウマイヤ朝によって征服された。801年、フランク王国の遠征によってスペイン辺境領に組み込まれた。9世紀末になるとフランク王国からの自立を進め、バルセロナ伯領を中心とするカタルーニャ君主国を確立させた。985年にはイスラーム側のアル・マンスールによる包囲を受けたものの撃退した。

カタルーニャ政府庁舎

その後のバルセロナは、アラゴン連合王国を構成する一勢力として、多数の海外領土を包含するまでに拡大し、バルセロナからアテネに至る地中海を支配するまでになった。しかし、15世紀にカタルーニャ・アラゴン連合とカスティーリャ王国との間で統一王朝が形成されると、スペインの中心はマドリードへと移行しバルセロナは衰退してゆく。以上のような歴史的経緯によって、バルセロナを含むカタルーニャ地方全体において現在でもカタルーニャ語を話す者が多数を占めている(カスティーリャ語とのバイリンガル)。

1640年から1652年の収穫人戦争及びカタルーニャ共和国以後荒廃し、1714年のスペイン継承戦争の間に再び荒廃した。フェリペ5世は、反乱を起こしたバルセロナを処罰し、統制するために、商業地区 (La Ribera) の半分を取り壊して城塞を建設した。

19世紀には産業革命が起こり、数多くの新しい産業が導入されて成長した。その結果、バルセロナには過密による不衛生など都市問題が発生したため、その解決のために市域の拡張が計画された。1859年に行われたコンペの結果、イルデフォンス・セルダの「大拡張計画」が採用された。この計画では133.4m四方の正方形を一区画として、碁盤の目のように南北に道路を整然と敷くものである。中世の城壁は取り壊され、La Ribera の城塞は都市公園に転用されて現在のシウタデラ公園になった。20世紀の初頭には、カタルーニャ人が自治と文化的表現の自由の拡大を求めて騒乱を起こしたことで、バルセロナの復活が明確になった。

スペイン内戦(1936年 - 1939年)の間、バルセロナは民主的に選挙された政府が置かれ、無政府主義運動の拠点となった。それも1939年にフランコの軍勢に侵略され、その後数十年間、恐怖政治と抑圧が続いた。フランコ政権の時代にはカタルーニャ語の使用も弾圧された。1970年代の反政府運動と独裁者フランコの死去をきっかけにして、バルセロナは文化的活動の中心となり、今日のように繁栄する都市となった。バルセロナはスペイン「第2の」都市なのかもしれないが、独特かつ尊重される魅力と雰囲気を有している。

バルセロナはカタルーニャ語復興運動の中心地であり、日常生活においても盛んに用いられている。

Barcelona Cityscape Panorama - Jan 2007.jpg

観光

バルセロナの開けた通路や鉄格子模様の道路を徒歩で観光すれば、ローマ時代の遺跡から中世の都市へ、さらには近代都市へと旅するまたとない機会を得ることができる。旧市街はほぼ平坦であるが、現在の市街地は周辺の丘に向かって広がっており、サンフランシスコで見かけるような坂を彷彿とさせる急な坂道によって区切られている。

この町には建築家アントニ・ガウディの残した建築物が多い。彼はバルセロナで暮らし、仕事をし、グエル邸、グエル公園や、巨大で今なお未完成のサグラダ・ファミリア教会のような有名な作品をいくつか残した。それらの作品の多くはアントニ・ガウディの作品群としてユネスコの世界遺産に登録されている。

サグラダ・ファミリア教会
ポルト・ベル
  • ランブラス通り:この街の「売り」である。夜遅くまで多くの人通りでごった返し、花屋、鳥屋、大道芸人、カフェテリア、レストランが並ぶ、市の中心から臨海地区まで走る大通りである。ランブラス通りを歩くと、いくつもの興味深い建造物に混じって、世界的に有名なリセウ大劇場 "El Liceu"、"La Boqueria" の食品市場、Plaça Reial (直訳すれば王家の区画)、そこに設けられたアーチやシュロの木を見ることができる。南の終端にはクリストファー・コロンブスの像があり、(なぜか米大陸のある西方ではなくて東方の!)海を指して立っている。
  • 海軍博物館:地中海での生活の歴史が記録されている。ガレー船の原寸大模型もある。博物館の建物は中世の造船所であり、ここで地中海を航海した船が建造された。
  • シウタデリャ公園:ダウンタウンの北にあり、園内にはカタルーニャ州議会・バルセロナ動物園・科学博物館などがある。
  • サグラダ・ファミリア(聖家族教会):建築家アントニ・ガウディ設計で、1882年から建設が続けられている。中世の大聖堂と同様に、一般からの寄付によって財源をまかなっている。2026年完成と予告されている。
  • カテドラル(大聖堂):バルセロナで大聖堂と言えば、サグラダ・ファミリアでなく中世後期のゴシック様式の建物であるサンタ・エウラリア大聖堂を指す。
  • ピカソ美術館:パブロ・ピカソの初期の余り知られていない作品が展示されている。モンカダ通りにある。
  • ジョアン・ミロ財団美術館:ジョアン・ミロの絵画や彫刻が、世界中の美術館から借り出された作品と共に展示されている。モンジュイックの丘にある。
  • 国立カタルーニャ美術館:ロマネスク様式美術のコレクションを所蔵していることでよく知られている。カタルーニャ中のロマネスク建築の教会やチャペルの壁画を移設したものも含まれている。
  • バルセロナ現代美術館:絵画や彫刻だけでなく、建築も見る価値がある。建物は、アメリカの建築家であるリチャード・マイヤーが設計したものである。
  • グエル公園:建築家アントニ・ガウディ設計。
  • トーレ・アグバール
  • タピエス美術館:現代美術の巨匠、アントニ・タピエスの作品とその他の現代美術の展示など
  • カンプ・ノウ:欧州最大のサッカースタジアムで、世界的強豪プロサッカークラブ・FCバルセロナがホームとする。クラブ博物館もある。
  • カサ・ミラ:建築家アントニ・ガウディ設計。
  • カサ・バトリョ:建築家アントニ・ガウディ設計。
  • サン・パウ病院:世界遺産に登録されている、現在も診療を行っている病院。

交通

路面電車

市の中心部から南西10kmにバルセロナ・エル・プラット国際空港(自治体はエル・プラット・デ・リョブレガット)がある。スペイン第2の空港で、スペインの地中海沿岸では最大の空港である。スペイン国内やヨーロッパ各国からの便が中心だが、中東や米国からの便もある。

サンツ駅はレンフェ(スペイン国鉄)の鉄道網の中心の一つであり、通勤通学のための近郊路線セルカニアスの出発地でもある。セルカニアス バルセロナにはレンフェが運営する路線もあるが、ゆくゆくはカタルーニャ公営鉄道がすべて運行する予定になっている。マドリードからタラゴナを結ぶ高速鉄道AVEは、2008年にバルセロナまで開通した。

市内と周辺の都市には、2社9路線からなるバルセロナ地下鉄が走っている。 地下鉄とバスはバルセロナ交通局によって運営されている。

市街地には2004年以降路面電車(LRT)も整備されつつある。市街地から西部へ伸びるTrambaix(L1 - L3 の3路線)と、東へ伸びるTrambesòs(L4 - L6 の3路線)がある。

スポーツ

サッカー

FCバルセロナの本拠地、カンプ・ノウ

いずれもリーガ・エスパニョーラに属している。

  • FCバルセロナ - リーグ屈指の名門クラブ。
  • RCDエスパニョール

バスケットボール

  • AXA FCバルセロナ - サッカーと同じく、FCバルセロナの名前で知られる。

ハンドボール

  • FCバルセロナ

ギャラリー

バルセロナ大聖堂  
サグラダ・ファミリア  
Santa Maria del Mar  
グエル公園  
カサ・ミラ  
カサ・バトリョ  
トーレ・アグバール  
ランブラス通り  
カタルーニャ美術館  
モンジュイックの丘から見たスペイン広場 (バルセロナ)  
カタルーニャ音楽堂  
リセウ大劇場  
Plaça de Catalunya  
Portal de l'Àngel
Portal de l'Àngel  

姉妹都市

  • アメリカ合衆国の旗 ボストン市(アメリカ合衆国マサチューセッツ州)
  • パレスチナの旗 ガザ市(パレスチナ自治区)
  • ベルギーの旗 アントウェルペン市(ベルギー王国)
  • アイルランドの旗 ダブリン市(アイルランド共和国)
  • フランスの旗 モンペリエ市(フランス共和国)
  • スペインの旗 モンソン市 (スペイン)
  • ドイツの旗 ケルン市(ドイツ連邦共和国)
  • ブラジルの旗 リオデジャネイロ市(ブラジル連邦共和国)
  • ブラジルの旗 サンパウロ市(ブラジル連邦共和国)
  • ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 サラエヴォ市(ボスニア・ヘルツェゴビナ)
  • イスラエルの旗 テルアビブ(イスラエル国)
  • 日本の旗 神戸市(日本)
  • フランスの旗 ペルピニャン(フランス)
  • 韓国の旗 釜山広域市(大韓民国)
  • 中華人民共和国の旗 上海市(中華人民共和国)

脚注

  1. ^ THE GLOBAL CITIES INDEX 2010

関連項目

  • 都市計画
  • 計画都市
  • パリ(バルセロナと同時期に開発された都市)
  • ウイーン(同上)
  • バルセロナオリンピック

外部リンク

ウィキメディア・コモンズ
公式
  • バルセロナ市公式サイト (カタロニア語)(スペイン語)(英語)
日本政府
  • 在バルセロナ日本国総領事館 (日本語)
観光
  • バルセロナ - ウィキトラベル
  • バルセロナ市観光局 (カタロニア語)(スペイン語)(英語)
  • カタルーニャ政府観光局 - バルセロナ (カタロニア語)(スペイン語)(英語)
  • 会社の沿革(ドイツ語)
  • スペイン政府観光局 - バルセロナ (日本語)


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